こんにちは。kuma&nomiです。

私はペプチド合成試薬のシアノリン酸ジエチル(diethyl phosphorocyanidate)をよく使っていました。液体で、甘いような変なにおいがします。でも危険なのでにおいは積極的に嗅いではいけませんが、天秤で重さを量った時とかにどうしてもにおいがしてしまいます。でも、そのような扱い方をしていると命を失うであろう化合物群があります。

シアノリン酸ジエチル
DEPC

神経ガス
nerve gases

これら4つの化合物は神経ガスとして知られています。左からサリン、タブン、ソマン、最後の化合物がVXです。

最初(1995年当時)、私は神経ガスの化学構造を見た時に目を疑いました。なぜならば、最初に示した化合物シアノリン酸ジエチルの構造とよく似ているからです。構造がほんのちょっと違うだけでこんなに性質が違うのかということです。ペプチド合成試薬のシアノリン酸ジエチルも一歩間違ったら毒ガスだったかもしれませんね。リン酸系の化合物を合成している人は命がけですね。合成の時に必ずできる微量の副生成物や不純物の中に有毒物質がありそうでこわいじゃないですか。私はやったこともないし、やりたくもないです。

上記の4つは神経ガスといっても常温では液体です。融点は左から、−56 °C、−50 °C、−42 °C、−50 °Cとなっています。沸点は左から158 °C、247.5 °C、198 °C、298 °Cです。もちろん市販されていないし、今ではそれらの原料も簡単には買えなくなっています。どこのだれがどれだけ買ったかわかるように書類を書かされるようです。それは、1995年のあの事件あたりから厳しくなったと記憶しています。

上記5つの構造式を見て、どれが毒性が強くて、どれがそうでもないというのがわかるのでしょうか。わからないですよね。第一、作っている時の自分が危ないでしょう。せいぜいわかるのは融点や沸点が高いか低いかということの順番付けぐらいです。

これらの化合物はリン酸のエステルです。リン酸は最高3つのエステル結合が生成可能です。それは酸性の水酸基(-OH)が3つあるからです。エステルの定義は酸とアルコールから脱水して(酸側の水酸基とアルコール側のHで水H2Oとして取れて)できた化合物です。モノエステル(エステル結合1個)、ジエステル(エステル結合2個)、トリエステル(エステル結合3個)の3通りが考えられますが、上記の化合物はエステル結合が1個のモノエステルです。ペプチド合成試薬のシアノリン酸ジエチルはジエステルです。

リン酸
リン酸

上記の4つの化合物はエステラーゼ(エステル加水分解酵素)であるアセチルコリンエステラーゼの触媒活性部位にはまり込んで、化学反応(共有結合)で繋がってしまいます。

つまり、セリンプロテアーゼの触媒活性部位のセリン残基の水酸基が求核剤となって求核置換反応が起こるわけです。本来ならアセチルコリンが加水分解されてすぐに外れるところに、これらのリン酸化合物が化学結合(共有結合)でくっついて外れなくなってしまいます。アセチル化されたものはカルボン酸エステルですが、これは触媒機能によって簡単に切断されて酵素は次のアセチルコリンを分解していきます。この1個でも何回も何回も仕事ができることが触媒といわれる所以です。しかし、リン酸エステルですので簡単には切れません。すると通常の酵素反応ができないので神経伝達物質のアセチルコリンを分解できません。だから解毒剤としてPAMが使われたりするわけです。でも、共有結合で繋がっているのでアセチル基の場合とは状況が異なります。

アセチルコリン
アセチルコリン

それでは、最後に融点や沸点の順番の付け方に付いて考えてみましょう。一般的な考え方では、分子量が大きいほど融点、沸点は上がります。それから、極性が大きくなれば分子間相互作用の箇所が増えるので、それを切るための熱がたくさん必要になるため、融点、沸点は上昇します。これらの考え方で上記の化合物を見てみると、だいたい辻褄は合うことがわかると思います。とはいっても、物性値を伏せて順番を付けろといわれれば、部分的には順番は付けられますが、全部言い当てるのはなかなか難しいと思います。

それでは、また。